「言えないことがある」闇プロフィール

葦木ヒロカ (Hiroka Ashiki)
「言えないことがある」闇プロフィール

長野を拠点に活躍するシンガー。
生まれてまもない幼少期にいじめに会い
「なんで生まれてきたのだろう?」という疑問が
脳裏を駆け巡る。夫婦喧嘩が絶えない家庭内環境と
差別の激しい保育園の先生の下でどこにも
居場所がなく本音を言えない毎日を過ごす。

内気な性格、生粋の歌好きが幸いし、自分の寂しい心を
癒し紛らわすために、花の歌、空の歌、風の歌などを
即興で歌をつくり毎日鼻歌で歌うようになる。

生まれ育った松本市は元々クラッシックが盛んな町。
毎年、小澤征爾がやってきて
「サイトウキネンフィスティバル」通称SKFが開かれていた。
小学校時代やっとの思いでやりたい気持ちを伝えて
合唱部に入部。水を得た魚のようにみんなで歌を歌う
楽しさを覚えた少女・美咲(本名)は中学で本格的に
歌の道に進むことを決心。「SKF子ども合唱団」での
活躍の機会を得て、世界的な音楽家たちの
ふくよかな音に囲まれ、歌う至福をさらに感じる。

高校生になると当然音楽大学進学!と決めていたが
経済的な理由と、上には上がいることを知り自分を
残念に思いオペラ歌手への道を断念。同時に大失恋も
経験し人生に絶望。『人生どうにでもなれ!』と
夜の街に真っ逆さまに飲まれる。

その中で17歳の時、性被害を受ける。
居ても立ってもいられずに、駅前の路上に飛び出し
作詞作曲した歌を傷ついた心のままに歌うようになる。

路上で歌う活動をする中でも危険な目に様々に合い
男尊女卑、性被害、ジェンダーの問題について考える
ようになる。しかし、そういった活動初期の恐怖体験は
「言えないこと」として処理され、思い出すとPTSD
(心的外傷後ストレス障害)にさいなまれる為、
この17年間自分の中だけで伏せられてきた。

2019年6月、とっておきの新曲『Jump the world』を
届けるため「女性だから出来ない」という思い込みを
ジャンプして、軽キャンピングカーを自分で運転して
ご縁をつむいでいく日本一周のジャンプ歌姫一人旅に
チャレンジしはじめる。
(現在18県、残り29県はコロナ収束後に巡ります🗾)

2019年12月、一人旅を通して自分自身への自信や
自尊心や勇気が生まれて初めて育ち、自身が受けた
思春期でのレイプ体験を公表。

現在、「女性として生まれてよかった!」
「日本に生まれてきてよかった!」という世界を
生み出すため、女性が本来の力を発揮する世界を
テーマにしたコンサートをNY国連本部で
開催しようと着々準備中。

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【言えない人生振り返り(長文です!)】

◆葦木ヒロカ (本名:芦木美咲)

●1985年、長野県松本市に生まれる

●保育園の頃、先生も含めて同じクラスの
園児全員から虐めに遭う。

●家に帰ると父と母が毎日喧嘩。
ストレスの溜まった母の怒りが私に向かい「しつけ」
という名のDVを受ける。それが嫌で父に助けを求めると
父は母をDV。そしてさらに母からの「しつけ」が悪化。
無限ループ。さらに父から性的ハラスメントも受ける。

●「どこにも居場所がない。なんで生きているかわからない。
生きてる心地がしない。これはもしや夢かもしれない!」
と思い、砂場で遊んでいた男の子に
「そのシャベルで思いっきり私のお腹を殴ってみて!」
とお願いする。殴ってもらったら痛みを感じて
「これ、現実なのか!」と大泣きをする。

●どうしようもないから、毎日空想遊びをするようになる。
言えない気持ち、その瞬間の思いを、鼻歌で歌うように。

●あまりに鼻歌を歌うから母が心配になり
「うちの子どうして毎日鼻歌を歌うんでしょうか?」と
先生に相談。「気分がいいからじゃないですか?」と
答えた先生を私はさらに信用しなくなる。心の中では
「言えない言葉、伝わらない想いがありすぎるからだ!」
と叫ぶ。

●小学校1年生の頃、
「このままでは弱すぎて死んでしまう。強くなろう」
と決心。

●小学校3年生の頃、近所の女友達から突然家に
呼び出され、3人で 殴る蹴るの暴行を毎日加えられる
ようになる。自転車ごと川に突き 落とされズブ濡れに
なった時、社会科で習った「ハンムラビ法典」 が
頭をよぎる。「目には目を。歯には歯を。」復讐を誓う。
主犯の女の子と一緒になって暴行していた女の子に
一人ずつコンタクトを取り
本当にこんなことがやりたいのか?怖いからやっている
のではないか?正義に照らしてどうか?と問う。
そして関係性を解体し暴行を辞めさせる。
(この時、強烈な善悪感を両手に握りしめたため
その後生きづらさを感じ続けることになる。)
この頃から呪い、占い、タロット、気功など、
見えないものへの関心が深まる。

●小学校6年、前からずっと入りたくても入りたいと
言えなかった合唱部に入り、歌う楽しさを全身で感じる。

●同じく6年生の頃、好きだった男の子にしつこく
し過ぎて、みぞおちを殴られて大泣きする。

●中学生に入ると、さらに歌が歌いたくなる。合唱部が
ないので仕方なく運動音痴を克服したくて女子バスケット部
に入る。しかしどうしても歌いたくて、同じように歌いたい人
もいるだろうと募ったら8人仲間ができて音楽の先生に
直談判。少人数でも歌い合える 「重唱同好会」ができる。
そして、同好会ながらコンクールに出場すると、合唱部
からの出場が多い中、初めての大会で最優秀賞。
将来はクラッシックのオペラ歌手になることを夢見る。

●高校は音楽が盛んな希望校に入ろうと思ったが、
倍率が高くて一つ下の学校に。歌の演技力も高めたいと
演劇部に入る。アルバイトをしながら、音楽大学に行く
ためのピアノと声楽のレッスンも意欲的に取り組む。

●高校2年生の進路を決める時、「音楽大学へ行かす
お金はうちにはない」と両親から言われ、どう頑張っても
音楽理論を好きになれなかったり、声楽の発表会で上には
上がいることを実感。自分の心もすっかり萎えて
音楽大学進学を諦め、生きる目標を失う。
さらに当時付き合っていた彼と初詣に行った帰り道に振られ、
心にポッカリと穴が空く。その穴をどうにか埋め合わせたくて
当時流行っていた「出会い系サイト」の「一緒に音楽活動を
やろう」というスレッドで、とある男性と出会うことに。
「何もしない。色々便利だから!」という理由をつけられ、
なぜか練習場所がラブホテルになり…。
抵抗しているのに無理やりレイプされる。しかし自分が悪い。
私は汚い。と思い込み誰にも言えないこととして胸に秘める。

●その人に「路上ライブが流行ってる。観に行ってみようよ!」
と誘われた2003年2月の松本駅前の路上ライブ。
言えない想いと吐き気を吐き出すかのようにその時の
私が歌えた曲「アメイジンググレイス」を歌う。
その日はさらに、その男性が歌うアカペラの歌に仕方なく
一緒にハモってあげる凄まじい夜となる。

●その帰宅後、『あの人と二度と一緒に歌いたくない!』
という気持ちのまま、父が持っていたギターを使って
猛練習。作詞作曲もはじめ、翌々週からは、一人で
路上ライブを始める。そして、シンガー・ソングライター
の道がいきなり始まり「面白い女の子が歌ってる」
と噂が広がる。

●一連の辛い思いを信頼できると思った年上の男性の
路上仲間に打ち明けたところ、その大人は私を守る
どころか飲み話の笑えるネタとして語り、松本中に
広がりセカンドレイプを経験。そこから さらに、
付け狙われてサードレイプへと発展。自分の汚れを
見たくないのでさらなる闇に堕ちる。

●音楽活動の傍らそういったことがあったので、
フラッシュバックや心的外傷後ストレス障害 (PTSD)に
苦しむようになり、歌うと体が痛むようになる。
しかし、家族にも相談できず、家庭にも学校にも
地域にも私が守られる場所はなく、人知れず苦しむ。

●今のプロデューサーの篠原正司と歌い始めて
4ヶ月後に出会う。そこから様々なサポートを
してもらうようになる。

●「汚れている」と思い込んだ自分をどうにか
綺麗にしたくて、神社やお寺をめぐるようになり、
歌も歌うようになる。

●東京に進出しようとしたが、いろんな影響があり
断念。荒れた家庭環境の中で音楽を生み出せないと
思ったため、松本から脱出することに。
篠原さんの手引きで、家出に成功。

●八ヶ岳山麓で暮らすようになってからは、
旧石器、縄文時代をはじめとした深い歴史を、
その土地を訪れて学ぶようになる。その中で
日本の根深い男尊女卑のことを知り、今まで体験した
物事の背景に「ジェンダーギャップ」が横たわって
いたことに気づく。

●歌い始めるきっかけきっかけとなったレイプから
17年経った今。自分の身に何があったのか、何が
起こったのか、何が問題だったのかを客観的に
観れるようになり、2019年12月自身が受けた
思春期のレイプ体験を公表。

●女性が本来の才能や可能性を安全に開花して
いける世界を自分の周りからまず生み出し、
「女性として生まれてよかった、日本に生まれて、
地球に生まれてよかった!」と心底言えるように
行動していくことを決意。

どうぞ皆さま、これからも応援よろしくお願いします✨


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