🌌時をこえた、心震える突然のメール🌌

3月11日。今年もこの日が
やってきましたね。

様々に節目のタイミング
だからでしょうか🌕?
色んなことが毎日起きています。

私の曽祖父は仏教運動家であり
平和主義を唱えて投獄されながらも
その道を歩み続けた人でした。
名前を、妹尾義郎(せのお・ぎろう)
といいます。

実は、その曽祖父に関連して
一昨日、一本のメールをいただきました。

《葦木ヒロカさんのひいおじいさんの
ことを追っかけています。
そのひいおじいさん、妹尾義郎さんは
“今様日蓮”と当時言われた方でした。
その義郎さんの生まれ故郷、
そして病苦10年を乗り越えた地、
東城(広島県)に住んでいる者です。

郷土の偉人である妹尾義郎さんの
ことを調べ、昨年10月末には、
義郎さんの生家、安曇野市三郷小倉を
訪ねたり松本市の蟻ケ崎霊園にある
墓所や、親交のあった兎川寺などを
訪れました。そうした中で、ネットを
検索していて、葦木さんのブログに
出会いました。それは、義郎さんの
三男・正道さん、つまり葦木さんの
おじいさんに関する記事です。

いま、妹尾義郎さんの生涯について
「妹尾義郎日記」をもとにしながら
伝記を書いてきています。
今年から、戦後、信濃の国に移住して
なくなるまでのことをまとめています。

葦木さんのおじい様がなくなられた
ときの様子を書かれた文章にとても
感銘をうけました。
その記事を引用させてもらって、
妹尾義郎の生まれ故郷のみなさんに
紹介したいと思っています。》

とのことでした。
もちろん、それに対して承諾のお返事を
させていただいたわけですが。

私も、ひいお爺ちゃんの残した
軌跡を追い求める一人の人間として
ひいお爺ちゃんの故郷だった広島に
そういった方がいてくださることが
非常に嬉しく、震えました。❗️

妹尾義郎さんの平和への意志を継いで
20歳頃にうまれ、いまも歌いつなぎ
一昨日のライブでも裕子さんの
ピアノとコーラスで歌った『祈り鶴』。

ひいお爺ちゃんと、おじいちゃん。
空の上で聴いててくれたかな?
だから、この方とのご縁を
運んでくださったかな??

時が満ちたら、広島の空の下
『祈り鶴』を大切な仲間たちと一緒に
歌いあい響かせたいと考えており、
その大切な一歩をいただいた気がします。

(また先日ライブでの『祈り鶴』は
動画をつくりアップします。
以前まとめた記事を貼り付けときますね。)

2011年国連軍縮会議にて新曲「祈り鶴」披露へ

また、その方とのご縁をつないでくれた
私のブログを載せときます。
ひいお爺ちゃんの息子である
私のお爺ちゃんについて書いたものです。
私にとって、お爺ちゃんからの影響は
多大なものがありました。

【「正しい、道を、歩みたい。」
祖父・正道、逝く。】

http://ashikimisakiblog.naganoblog.jp/e1971322.html

その方が記事にしてくださろうと
している文面の末尾に
とても嬉しい一文がありました。

《義郎―正道―ヒロカとつながる
「美しい魂」に不思議なこころの
響きあいを感じないではおれない。》

世の中が戦争一辺倒になっている
世界の中で、自分の意志と信仰を
照らし続けたひいお爺ちゃんに
恥じない生き方を私もさらに選んでく!
と、喝をいただいた気持ちです。

さらに、真剣な想いは、時をこえても
生き続け、誰かにつながり続けると
実体験を持って信じることが出来ました。

ありがとうございます。
なんか本当に。感謝です!!


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