• 2017.07.03

僕の話を聞いてください~其の二~


MEGAMI MUSICプロデューサー篠原です。主に葦木啓夏の音楽活動の支え役。いろいろトータルプロデュース、作詞、場合により編曲(アレンジ)などもしています。時折、イベントプロデュース、もろもろのコンセブトデザインもしたりします。つれづれなるままにブログを書いています。


この数日、個人的な話も含めて啓夏や妻のゆりの話を書きました。僕がそんなに苦労人だと見えないので驚いたというご感想を何人からいただき、今までずっと自分自身のことを置きざりにしてきたのかなと思いながら『自分のこと』を『よかったら僕の話を聞いてください♪』という題目で書いてみました。小学校2年~6年の頃の話が中心でした。聞いてもらえなくも、読んでもらえなくてもとても楽になったことがありました。特に兄との関係のトラウマや禍根が深かったので。なかなか掘り出せないところもあり、その部分をよく吟味できたのは良かったです。

こうして『表現してみる』ってことは時には大事なことかも知れません。また反対に言うべきでないこと、秘することも大事な局面もありますが、今日も表現することの大事さを思いますので、またひとつ聞いてほしいことがあります。

今ではかなり改善していますが僕は吃音(どもり)の問題を抱えて生きてきました。小学校、中学校、高校、社会人になっても人前で話すことが出来なかったです。人前で話すと言葉が出て来なくなります。すごいエピソードがあります。僕は最初の結婚の時(20代に一度、結婚してます)、結婚式で宣誓の言葉が出てこなくて挙句の果てスルーしたことがありました。見事に一言も出なかったです。後に初婚の相手とは離婚しましたが、宣誓できなかったし、しかたがないかなと思っています(笑)ま、そんなエピソードもあるくらいですから吃音(どもり)は僕にとっては大きな問題でした。

この吃音は僕の左利きに原因があります。2歳の頃、物心つく前になにかの事情で、僕は親戚の家にあずけられたそうです。僕が左手を使うので親戚の叔母や従兄弟たちが僕の左手をビシビシと叩きまくったらしいのです。親戚の家から帰ってきた僕に触れ母は驚いたそうです。白目(しろめ)を剥いて喋れなくなっていたそうです。

それからというものなにをしようが緊張したら最後、言葉が出ません
小学校の授業は地獄です。いつ先生に指名されるか?いつも恐ろしい思いをしていました。指名された時はただ何も言えず立っているだけ。なにかがんばって言おうとすると「あ、あ、あ・・・・・う、う、う・・・・」と余計に惨めです。女の子たちに同情されているんじゃないか?とか馬鹿にされているんじゃないか?とか、いろいろ考えてしまう癖がついたのもこの時でしょうね。思いかえすと辛かったな~~♪

その頃はいつの日か、自分の思うことを表現してみたいな~~。人前で堂々と話せる人ってどんな感覚なんだろう?とか羨ましく感じました。大学生の頃はよく僕のアパートに語りに来る友達がいましたが語りたい思いを熱く語れば語るほど言葉は遠いていくのですよね。あ~言葉(吃音)はホント、大きな課題でしたね。

神奈川の大学を卒業して普通に就職活動しましたが、東京は都会過ぎて嫌でした。山育ちですからね。また田舎すぎるのも嫌でした。山育ちですからね(笑)僕は丁度良い地方都市、松本を選び広告代理店に入社しました。そこに転機が訪れます。

会社に活発な音楽好きな先輩がいて、僕をバンドに誘ってくれました。それまでもちろんバンドは未経験でしたが、結局、説得に負けて僕はそのアマチュアバンドでキーボードを担当しました。そのバンドは一度、ライブで演奏した曲は二度と演奏しないという考えで、オリジナル曲をいつもつくり続ける宿命にありました。表現しつづけること。作り続けること。考え続けること。そこで癖がつきました。苦しかったけどこのバンド活動でその姿勢は養われたと思っています。

松本ではこのバンドのライブは人気がありました。同じ曲を二度と演奏しないし、馬鹿げているし。下の写真がそのバンド。

僕はなんか後光のようなものを光らせてキーボードしています。キーボードは目立たないので面積を大きくしてみました。幼少から吃音で表現への鬱憤が溜まっていたので、陰役のキーボードでは満足できなかったのでしょうね。衣装の面積で自己表現していますよね。

こんな感じにバンド活動をしていました。またそれと並行して演劇もはじめました。オリジナル作品を上演する劇団モノリスという劇団。僕は旗揚げ公演では脚本も担当しました。今の作詞活動に通じる書く作業はここからはじまったのかなと思います。そしてなぜか?芝居だと人前でも言葉が出てきます。ある種、自分に「ノリ」が生まれると、どもらないのです。こうして僕は幼少から成人まで表現できなかった鬱憤をバンドや演劇で晴らしていくようになりました。バンドも演劇も仕事も並行しての活動ですからそれはそれは大変でしたが、僕の内側は善し悪しなんかすっかり忘れて、エゴ丸出しで表現に向かい、その甲斐あり、吃音は少しづつですが癒され、回復していきました。

またこれらの表現活動がなかったら今の葦木啓夏との音楽活動はなかったでしょうから、この頃の活動は実は大きかったのだと思います。
下の写真は芝居をしているところです。

芝居は肌に合いましたが、問題は入り込み過ぎてしまうこと。三作品に関わりましたが役と自分の境目がなくなりやめました。この頃ですね。自分の表現ってなんだろう?そんなことを真剣に考え始めたのは。

上にも書きましたが幼少からの吃音が改善に向かったり、自分を取り戻すひとつの大きなきっかけになったのがバンドと演劇の活動だったと思います。

表現してみることで癒されるものがある。それは確かだと思います。今も葦木啓夏と音楽をつくったり、ライブをしたり、それにより僕の中で循環するエネルギーがあります。この表現によるエネルギーの循環がなければ僕は生きれないでしょう。

僕にとって「幼少からの吃音の問題と表現活動」は深いところで結びついています。言い換えれば自分の表現を見つけるために「吃音」という問題を自分で引き入れたのだと思います。左利きということで親戚の叔母や従兄弟が叩きまくってくれなかったら、後のバンド活動や演劇活動、今の表現活動はなかったと思います。なにが災いし、幸いするのか?その時々で見方は変わりますが根底は一緒です。すべての物事は最初から最後まで愛そのものです。すべてのことが愛であり、そのおかげさまで今があるのです。

僕は愛として愛を表現するために生まれてきたのだと思います。そのための最善最高の環境をいつも選び取っています。今も、これからも最高最善の環境を選び取るのだと思います。そして自分という愛を表現するための最高最善の人たちと出会っていくのだと思います。

言葉をうまく扱えず、悲しかったことも多かったけど、その分、言葉の大事さがわかります。
こうして言葉を書き表現する幸せや豊かさを感じます。
僕は言葉を失い、そして再び言葉と出会いました。そこには打ち震える歓びがあります。

今は言葉を使って自分への愛を表現できます。言葉を使って他者や自然への愛を表現できます。
この世界は自分の中にある愛を表現する舞台です。自由に語り、歌い、踊り、演じていきたいと思います。

またまた長い話にお付き合いいただき本当にありがとうございました♪




おすすめ記事

お祝いシンガー 開業、開店、開院、開会、周年祝い、結婚祝い、地域の祭、祝賀会等あらゆる『お祝い』に!!
遺跡コンサート 遺跡コンサート~魂の交差点~
光合成LIVE 光合成LIVE
君こそ創造主キャンペーン 新曲・Dragon blows を感じて、クリエイトしよう!
SBCラジオ「スワンダフル」 八ヶ岳山麓から諏訪湖エリアのワンダフルな情報をお伝えします。
愛・創世記 プロデューサー篠原のブログ
youtube チャンネル登録 youtube チャンネル登録はこちらから
千年の森の物語 初音ミク piapro(ピアプロ) 千年の森の物語【初音ミク】

ピックアップ記事

  1. 2017.10.18 | ライブ情報

    【10/28(土)信州・上田】葦木啓夏 喫茶風香Live
    葦木啓夏(あしきひろか)コンサート IN上田…
  2. 2017.10.03 | ライブ情報

    【10/7(土)信州・蓼科】葦木啓夏コンサート&真健康セミナー(ベジランチ付き)
    葦木啓夏コンサート&真健康セミナー(ベジランチ付き)…
  3. 2017.09.14 | イベント

    【10/8(日)信州・茅野】縄文5000年祭/縄文の里コンサート
    【縄文5000年祭/縄文の里コンサート】縄文…
  4. 2017.09.07 | ライブ情報

    【9/23(土)石川県能登】真脇遺跡 秋のお祭り(秋分の日)
    【能登町/真脇遺跡 秋のお祭り】9月23日(土)…
  5. 2017.09.06 | ライブ情報

    【10/1(日)飛騨高山】葦木啓夏コンサートin 位山
    葦木啓夏コンサートin 位山(飛騨高山)日時…
お問合せ