木曽路の女。妻籠宿探訪記

澄み切った青い空を胸一杯に感じる6月のある日。
木曽・中山道 妻籠宿(つまごじゅく)へ遊びに行ってきました。




江戸時代の宿場町が、そっくりそのまま残る
貴重な町並み。
私も気分は、すっかり木曽路の女です♪

松瀬工務店 代表であり長年、妻籠宿の町並み保存運動の中心人物として活躍されてきた
松瀬博敏さんにご案内いただき、短時間ではありましたが、ディープな木曽路にふれてきました。

そもそも、木曽・中山道 妻籠宿は、その地に暮らす人たちの思いと熱意によって、1度壊されかけた江戸時代の町並みを49年かけて今の形まで保存して来た素晴らしい歴史をお持ちです。

文明開化の明治。
鉄道や道路が新たに造られ、宿場としての機能を失った妻籠宿は衰退の一途をたどったそうです。やがて昭和になり日本が経済成長していく中で若者達が木曽からいなくなり徐々に過疎化。古き良きものがさらに廃れていきました。

そこから、どうにかしなければと町の人たちが立ち上がり、日夜終わらない議論、学識経験者や専門家の意見交換。さらに地元住民に集落保存の説明会や討議の末「集落保存」の方向が決まり、昭和43年「妻籠を愛する会」が設立。長野県の明治百年記念事業のひとつとして妻籠宿保存事業が本格化。解体復元、大修理、小修理を繰り返し、整備されてきました。

「妻籠を愛する会」では、「売らない・貸さない・壊さない」の信条を打ち立てここに暮らす人の【町並み保存×観光利用】の意思統一をはかったそうです。
妻籠の観光は、自然環境もふくめた豊かな宿場の風情。そして日本を代表する作曲家・島崎藤村の文学的な舞台。その思いを住民みんなで分かち合うことは、全国でもいち早く先駆けでした。

それから49年。
いまのような、日本全国、そして海外の人たちも憧れ、1度は訪れたい妻籠宿が作られて来たそうなのです。一日一日の積み重ね。素晴らしい!!としか言いようがありません。ここを愛する住民のみなさんの思いが成した大成功だったのですね。
来年は節目となる町並み保存50年目を迎えるのだそうですよ。


「妻籠を愛する会」からはじまった、里山整備&自然と畑を愛する人たちが集う会「里山つまごえん」の拠点にも連れて行っていただき、思わず諏訪の木遣り唄で出会いを喜び合いました♪

妻籠宿では、凄まじい才能にも出会いました。
OBARAJUN (オバラジュン)さんの生地から作る100%オリジナル
刺し子のかっこいいお洋服の数々!


なんだろう。このかっこよさ。
ジャパニーズ。伝統×現代が完全に融合してます。
ヨーロッパとか、パリの方がこれ着て歩いてたら、ぜったい似合う!
かのポールスミス氏もこちらのギャラリーで作品を見て「AMAZING!」とつぶやいたそう。お店は手仕事の工房になってて、妻籠宿でしか買えないんですって!
妻籠は世界に通じてます!

「ねーちゃんいいね。似合いそうだ。」と、特別にコートを試着させてくれました。
(うしろにいるの、OBARAJUNさん。)
やばい。かっこいいな。
いつか、、、、、これ着て歌いたいな!!!

松瀬さんにご案内いただき妻籠宿を歩くと、至るところで声をかけられます。
木曽名物・ほうば巻きをごちそうになってしまいました。
ありがとうございます!


お母さん方が手作りされる木曽桧笠!すごい!

一目惚れして、わたしのとこへ婿入り♪

木曽檜笠とっても気に入りました。旅人になった気分!!
ということで、妻籠宿から少し足をのばすことに。


小説・宮本武蔵の舞台にもなったと言う「男滝・女滝」をご案内いただきました。

男滝のマイナスイオンに包まれて。


女滝のやわらかな日差しにゆっくり。
幸せな時間です。

妻籠宿(つまごじゅく)のおとなり。
馬籠宿(まごめじゅく)にある、藤村記念館へもご案内いただきました。
島崎藤村にあやかって、いい歌がつくれますように♪


中山道の古道。
自称・木曽路の女。すっかり旅人気分です。
昔の人は、歩いて中山道を幾日もかけて旅をしていたんですよね。私も旅人になりたいな!

最後に松瀬さんが言って下さった言葉が心に沁みました。

『100人来られたら1人、本当のファンになってもらう。啓夏さんもそうでしょう?』

とても嬉しかったです。
そうなれるように、一過性のものでなく、何年経っても変わらない
本質的なものを持った歌をつくり、うたっていきたいです。
松瀬さん。一日すてきな旅時間をつくってくださり本当にありがとうございました。
妻籠宿と響き合えるその日を、心から楽しみにしています!!


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